東京地方裁判所 昭和45年(刑わ)3818号 判決 1970年10月01日
被告人 小野博英
昭二三・九・二生 大学生
主文
1、被告人を懲役二年に処する。
2、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一、多数の学生・労働者らが昭和四五年六月一四日午後一時一〇分頃から同一時一八分頃までの間、東京都渋谷区神宮前所在国鉄原宿駅ホーム上から同駅附近路上に至る間において、警備中の警察官に対し共同して危害を加える目的をもつて、多数の火炎びん・鉄パイプ・石塊等を所持して移動集合した際、右目的で同日午後一時一〇分過ぎ頃同駅ホームにおいて右兇器の準備があることを知りながら右集団に加わつて集合し、
第二、前記多数の学生・労働者らと共謀のうえ、同日午後一時一八分頃から午後一時二五分頃までの間、前記原宿駅附近路上において、学生・労働者らの違法行為を制止・検挙する任務に従事中の警視庁第二機動隊長三沢由之指揮下の警察官らに対し、多数の火炎びん・石塊を投げつけるなどの暴行を加え、もつて右警察官の職務の執行を妨害し、その際右暴行により、別表受傷者一覧表(略)記載の者に対し、同表記載の各傷害を負わせものである。
(証拠の標目)(略)
(本位的訴因に対する判断)
検察官は、本件第一の公訴事実の本位的訴因は、「被告人は、多数の学生・労働者が昭和四五年六月一四日午後一時一〇分頃から同一時二〇分すぎ頃までの間、東京都渋谷区神宮前一丁目一八番所在国鉄原宿駅ホーム上から同駅本屋口前広場およびその附近路上に至る間において、警備中の警察官に対し共同して危害を加える目的をもって多数の火炎びん・鉄パイプ・石塊等を所持して集合移動した際、右目的で同日午後一時一〇分すぎ頃同駅ホームで旗付竹竿一本を所持して右集団に加わり、もつて兇器を準備して集合した。」という趣旨のものであるとして主張するのであるが、刑法第二〇八条の二でいう兇器とは、(1)当該器具の本来の性質が人を殺傷するために作られたものを指称することはいうまでもないが、(2)人を殺傷するために作られたものではなくても、客観的に人を殺傷することに用いることができ、かつ、攻撃又は防禦のためこれを手にして構えた場合においては通常人をして直ちに危険を感ぜしめるに足りるものも亦、これに該当すると解すべきところ、被告人の供述によれば、被告人が本件当時所持していたという旗付竹竿は、長さ約二・七米、元口の直径約四糎、末口の直径約二・三糎の竹竿で、元口、末口共に尖つておらず、切口は水平であり、しかもこれが末口のほぼ先端から取り付けられた布製旗は横約二米、縦約一・五米と認められるので、その対角線の長さはm即ち約二・五米で、被告人は右ホーム上からは竿に付けた旗を巻かず広げたまま握持していたのであるから、垂れた旗は竹竿の長さより約二〇糎短いに過ぎず、これを横にして槍の如く構えたときは自らの足で旗を踏み付けて動きがとれず、又これを上下左右に振つても極めて緩慢な動作しかとれぬことも経験則上明白であり、たとえ旗を竹竿に巻いて右の如く構えても、巻かれた布地により竹竿自体の攻撃的性格を著るしく弱わめるに至るため、到底通常人をして直ちに危険を感ぜしめるに足りるものではない。右のような旗付竹竿は、石塊がごく小粒かつ少量の場合を除いてその大小を問わず、古代からの接近戦、非接近戦を通じて、有力な武器として威力を発揮し来たもので、これを手にして構え、又はゴム若しくは発条を使つて発射の体勢を示した場合においては、その威力火器に劣るとはいえ、現代でも尚通常人をして直ちに危険を感ぜしめるゆえ兇器と解される(これに反する判断を示した下級審判決には賛同できない。)のとは、甚しくその性質を異にするというべく、右旗付竹竿は、到底兇器と認めることができないのであつて、被告人の右旗付竹竿を所持して右集団に加入したとの自白を補強する証拠の存否を論ずるまでもなく、右釈明にかかる本位的訴因は採用することができない。
而して検察官は、右旗付竹竿が兇器と認められなくても、右本位的訴因は、「被告人は、多数の学生・労働者らと共謀して昭和四五年六月一四日午後一時一〇分頃から同一時二〇分すぎ頃までの間、前記原宿駅ホーム上から同駅附近路上に至る間において、警備中の警察官に対し共同して危害を加える目的をもつて、多数の火炎びん・鉄パイプ・石塊等を所持して集合移動し、もつて他人の身体・財産に対し共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して集合した。」という趣旨のもので、現場共謀による同共正犯が成立すると主張するのであるが、刑法第二〇八条の二第一項は、二人以上の者が他人の生命・身体又は財産に対し共同して害を加える目的を以て集合した場合に於て、兇器を準備し、又はその準備があることを知つて集合したことを構成要件とする必要的共同正犯の規定であるから、同法第六〇条を適用する余地がないばかりか(これを適用するのは、法令適用の誤である)、同条を適用しなくても自ら兇器を準備することなく右目的を有する他の多数者と共謀さえすれば同条項前段の罪が成立するとする見解を採るときは、右の如き共謀をして右集団に加われば常に同条項前段の構成要件を充足し、同条項後段の罪の成立の余地がなくなるのであるから、右後段の規定は殆んど無意義となるのであつて、同条項前段の規定を正視すれば、到底右の如き解釈の採用できないことは自明である。
しかも本件全証拠によつても、被告人が火炎びん・鉄パイプ・石塊等の兇器を所持していたことを認めることができない。かくして右本位的訴因は採用しえず、事案の真相は判示第一のとおりであるから、予備的訴因に依拠して認定する。
(法令の適用)
判示第一の所為は、刑法第二〇八条の二第一項後段、罰金等臨時措置法第三条に、同第二の所為中公務執行妨害の点は刑法第九五条第一項、第六〇条に、各傷害の点は同法第二〇四条、第六〇条、罰金等臨時措置法第三条に該当するところ、判示第二の公務執行妨害と同判示別表6以下の各警察官に対する各傷害とは一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段、第一〇条により一罪として最も重い荒川明に対する傷害罪の刑で処断すべく、各所定刑中各懲役刑を選択し以上は同法第四五条前段の併合罪なので同法第四七条本文、第一〇条により最も重い判示第二別表4の中川美由紀に対する傷害罪の刑に併合罪加重をした刑期範囲内で被告人を主文第一項の刑に処し、刑の執行猶予につき同法第二五条第一項を適用する。
(量刑の事情)
本件は、自己の思想、主張を絶対視し、これが実現のため実力に訴えるのもやむをえないとの信条から出たもので、白昼衆を恃んで敢行した大胆不敵、傍若無人の所為というべく本件兇器の質量に鑑み、とりわけ火炎びんが棒などとは様相を異にし、かなりの距離からの投擲による個々特定人の身体のみならず、不特定多数人の生命、身体、財産に対する甚大な危険すら容易に予想されるもので、これに対する防禦方法また格段に困難であり、現実に多数の人身に危害を加え、何ら恩怨のない一般市民にも判示被害を及ぼしたことをも考慮すれば、人間尊重の精神に欠け、法の支配を蹂躪すること甚しいと評せざるをえず、さらには社会人心に及ぼした影響等も軽視できず、被告人は本件に積極的に参加したことが認められるのであつて、ことに共同犯行については被告人のみの個々の所為を切断摘出してその責を論ずべきでなく、犯罪の全体的視野に立つて評価すべく、叙上本件犯行の手段、態様、結果等に鑑み、また近時かかる兇器を所持した集団犯罪頻発の顕著な趨勢等に想到するときは、被告人の刑責は、これをゆるがせにすることができない。
しかし他面において、被告人は本件において兇器により自ら他の人身に暴行を加えた証拠はないこと、私利私慾に出た所為でないこと、まだ年若く、前科もなく、前途ある青年であること、現在反省の意を示し法意識の回復が認められること、淡白、素直な性格と思われること、事後親族において被害者中川母娘に五万円を支払い、同武村に二万円を支払い、同奥山に一万円を支払い(後に返戻されたが)見舞品を送り、同乾に二万円を提供し、見舞品を送り、他の被害者らにも謝罪して回り、誠心誠意被害の回復に涙ぐましい努力が払われたこと、被告人の両親が被告人を監護し、その改善更生を助長すべき愛情と誠意が十分に認められること、家庭事情等被告人にとつて有利な一切の事情は能う限り斟酌されるべく、当裁判所は如上悪質な犯行にもかかわらず、刑の執行を猶予するのを相当とする事案と認める。
よつて主文のとおり判決する。
(別表受傷者一覧表略)